谷中ハチ助のブログ

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【読書】銀嶺の人(上・下)/新田次郎

 

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 時代を切り開いた女性クライマーの実話に基づく創作。

 

 のっけからこういってはなんだが、「孤高の人」を読み終えた自分にとっては思いがけない話だった。「孤高の人」を読んだ限りにおいては、新田次郎は女性を描かないのでは、という先入観があったからだ。それほど冬山や登攀の世界は辛く厳しいものだという印象を彼の作品は与えてくれた。

 

 だが、その認識は誤りであったことを知る。私の気ままな軽登山においても、最近は本当に女性が目立つ。幼い頃、父に年に数回は山に連れていかれた頃の記憶からすると、よくもまあここまでというくらい女性の愛好家が増えているように思う。彼女たちがこの本を読めば、少なからず影響を受けるに違いない。

 

 純然たる登山家で飯を食っていくのは難しい。叔子は医者、美佐子は彫師としての道を究めていく傍ら、クライマーとしてのゆるぎない地位を築いていく。いわば職と趣味の世界だが、これらが相互に作用して相乗効果をもたらす。卑近な例で恐縮だが、確かに私も趣味のジョギングの最中に仕事のアイデアを思いつくことがある。そして、それは往々にして思いがけないアイデアだったりする。

 

 女性ならではの繊細さ、奥ゆかしさもこの作品の中では、いい方向に作用しているように思う。登攀はチームで行うものであり、腕力をはじめとした体力に男女の差異があるのは紛れもない事実である。叔子も美佐子も勝気だが、そうした事実を率直に認め、自身のあるべき役割を果たし続ける。

 

 この本のメーンはやはり、上巻最後の叔子と美佐子がザイルを組んでアタックしたマッターホルン北壁への登攀だろう。息の合ったコンビが世界最初の女性登攀を成し遂げる。この後の二人は同じ山岳会を外れ、滅多に顔を合わせることは無くなってしまうが、心の中にはいつも、相手への一方ならぬ思いが底流していた。

 

 山に行きたくなる一冊である。でもここまできびしい登攀の世界、私にはとても無理。せめて練習メッカである三つ峠鳩ノ巣の岩場に行ってみて、クライマーたちの躍動する姿を目に焼き付けてこようと思う。