【読書No.82】アジアンタムブルー/大崎善生
成年雑誌男性編集者が、気鋭の女性カメラマンと恋に落ちるが、彼女は難病を患い、最期を看取る旅に、想い出の地、南仏ニースへ旅立つ。
アジアンタムブルーの緑生、ニースの紺碧の海。この本の主題は、2人の男女のようでいて、実は物言わぬ植物であり、穏やかな渚であるようだ。
動物と植物、静と動、対比される命題も、万引きで組み伏せられた記憶や、刃物に傷ついた過去も、穏やかな筆致で描かれていて、主張がない。
私には、この静寂の貫きが、懐かしくすらあり、激動がある人生も、全体としては海流のうねりのリズムのひとつ程度にしか覚えない、ある種の諦念を見た気がする。
個人的にはアジアンタムはよく目にする特徴ある植生だし、ニースは焦がれて尋ねたばかりの地だった。
物語は手に取るまで内容は分からない。にもかかわらず、無数の書籍の中から本書を導かれるように手に取り、偶然の一致を見たのは、最近失いつつある小説への興味は、尽きせぬことはないのだと自覚させられたのだった。