【読書】わたしを離さないで Never Let Me Go/カズオ・イシグロ Kazuo Ishiguro
あとがきにもあるように、「抑制のきいた」仕上がりになっている。いい意味でも悪い意味でもそう思った。
しかし、作品の仕上がりを十分に咀嚼するに至る道は長くて険しい。映像化されていることから、耳を塞いでいても、あらすじや概要は聞こえてくる。それらをなんとなく知り得てしまっている、あるいは想像がつくことを差し引いても、主題へ到達するには、根気強い読者の粘り、この本で何かを掴もうとする読み手への前がかりな姿勢が求められる。カズオ・イシグロ作品の中でも、この作品には特にはそうした傾向があるように思う。
まるで険しい道のりを踏破した後に頂上に到達する登山のように、この作品にも達成感や頂上で吹く風の心地良さに似たような満足感を、作品の終盤、人によっては得られるのではないか。私もそうだった。
臓器提供やクローンの問題を種々検討するには十分すぎるほど、随所に思考のヒントや自分がどの立場をとるべきか選択肢は漏れなくに示されている。人間はどこまで許され、どこまでが許されないか。本書を題材に討議すべき点は無限であって、正直言ってここまでの仕掛けは並大抵の作家にはできない。それが本書の優れた点であり、他を寄せ付けない点に違いない。
21世紀初頭において、何年たっても色褪せそうにない作品を読んだ。一言で言い表すとすれば、そういうことだ。