【読書No.70】ひと/小野寺文宜
貧乏(今だって、余裕がある生活とはいえないだろたうが)だった学生時代、若くて、先がら見えなくて、それでも未知の豊かな、光り輝く将来を信じることができた頃を思い出した。
主人公は地方出身のフリーター。父母を相次いで亡くし、金銭的な苦しさから大学を中退してしまう。所持金は55円しかなく、丸一日何も食べていないところに、惣菜屋さんでコロッケを購入したところ、お店のご主人から同情され、他の揚げ物もおまけしてもらうところから始まる。
一つのきっかけがもうひとつの物語を紡ぎだし、それが別のトリガーとなって、更に別のストーリーを生み出す。そして、それが誘引となって別な話の呼び水となる。
主人公は明るいとまではいえないが真面目。自らの境遇にも腐ることなく、働いて食べていくことを考え、実践していく。
最近にしてはちょっと見かけない、暗い話だ。目を背けたくもなるようなしんどさがある。どうしてこのような背景を描いたのだろうとも、考えてしまった。
いろんな人がいて、社会は成りたっている。富める人、貧しい人、学歴のある人、ない人。家族のある人、ない人。頼れる人がいる人、いない人。
人は自分にないものを持っている人をみると、どうして持っていないのだろうと、羨み、妬んでしまいがちだ。そして、持っている人は持っていない人のことを忘れてしまいがちですらある、悲しい存在だ。
そんなさまざまが当たり前にあることを思い出させてくれる物語だった。異なることの連なりが社会
を形成している。自分もその一人だとしたら、せめてまじめに正しく生きようとしている人の気持ちを踏みにじりたくないし、そういう人が報われるような世の中になってほしいと思わずにはいられなかった。