【読書No.73】春を背負って/笹本稜平
奥秩父にある地味な山小屋をめぐるドラマ。こう書くと、遭難と捜索、恋愛、雪解けと悪天候、出会いと別れなど、ふんだんに山にまつわるエピソードが盛り込まれているように思えるが、実際そのとおりであり、劇的ではない、日常の延長上に、この本の魅力が詰まっている。
私のような登山を趣味にする人なら、わかるーと共感すること請け合いだ。
山小屋は単に客を泊めればいいものではない。救難の起点となり、交流の場でもある。周辺の道が崩れていれば、そうではないのに小屋のせいにされるし、細く険しい登山道を経て、大量の食糧や水分を運ばなければならない。
労力は甚大であるのに、儲けは少ない。近年は登山ブームの只中だが、それでも山小屋を運営するのは難しく、経営難、人材難で、止むを得ず小屋を畳んでいるところもあると聞く。
本書は山小屋の主人の視点から、叙述され、変わりゆく時代の要請と変わらぬ人間模様をいくつも見せてくれる。
ふだん山に登るときは、気づかぬ山小屋の気苦労が伝わってくる。今年は何回か小屋に泊まって、山の深みにどっぷり浸かってみたいと思う。